散る桜、飛ぶ心

 大きな桜の木の下、私と姉様だけの秘密の場所。
 風に吹かれて優しく舞う花びら、誘われるように集まる鳥たち。桜の大樹の下に、二人の姉妹がいた。
「今年も綺麗に咲いたね、姉様」
 声をかけたのは、妹の方であろう、活発そうな少女だ。対して答えるのは、髪の長い姉。
「年に一度しか咲かない、儚いからこそ美しいのかもしれないわね、花は……」
「年に一度しか咲かなくても、姉様とこの花を見るのは二度目だよ? 来年もその次も、ずっと一緒に見られるんだもん、儚くなんかないよ」
 姉は優しく微笑む。その願いがどうか、適うように。
 強い風が吹き、風の中を一羽の燕が滑空していく。
「私もいつか、あの燕のように自由に飛ぶ事ができたら……」
 それは姉の心からの願いだった。その燕の後を、騒がしい小鳥が元気よく羽ばたきながら追っていく。
「姉様が燕なら、私はその後を追う雀になる」
 二羽の鳥は、澄んだ空の中を並びながら羽ばたいて行った。

 

 この村に伝わるとされている、南北の国を平定できるとされている秘宝剣、それを狙って戦が起こる事は幾度と無くあった。だが今夜だけは様子が違っていた。
 村の中を大人達が慌ただしく駆け回り、家々からは刀、槍、弓といった武器がありったけ持ち出された。妹を始めとする、数少ない子供達は村から離れて安全なところに避難するように集められていた。
 妹は姉の姿を確かめようと、人気のなくなった自宅に、一人残っていた。戦支度を終えたであろう姉の部屋へと入っていく。
「姉様……」
 支度を整えた姉の姿を見て、声を失った。長い刀身を持つ弐本の刀、鉄を仕込んだ鉢巻き、腕を覆う無骨な篭手。大きな戦へ向かう際のいつもの格好だが、それ以上に姉自身が違っていた。
「まだここにいたの? 早く逃げないと危ないわよ」
 姉はあまり感情を表には出さなかったが、それでも戦の前では何かしら起伏があった。だが今は、共に桜の木の下にいたときのように、落ち着いている。まるでこれから向かう場所が別の所であるみたいに。
「これを持っていって、あなたも自分の身を守ってちょうだい」
 姉から刀を渡される。自分の剣術は姉から教わった。
「姉様、姉様死なないよね? また会えるよね。約束して、姉様!」
「ええ、きっと会えるわ。いつかまた、あの桜の木の下で会いましょう」
 その時の姉の笑顔を見て、涙を必死でこらえた。泣いてはいけない、泣けば姉の優しさが無駄になる。
 逃げるようにしてその場を去って行った。走りながら涙がこぼれる。姉は嘘がヘタだ。隠し事をする時は、こちらの目を見ない。自分の顔を見て欲しかった。

 

 その後は酷い混乱だった。遠くから人の声が大勢聞こえてきて、どこかの家に火がつけられたのか、煙が立ちこめ、声や煙から逃げようとして皆とははぐれた。巻き込まれるのが怖くて、人のいない山の方で、一人で幾日も過ごした。
 家から出る際に持ってきた食べ物が無くなった頃、私は村へと帰って行った。
 そこにはもはや村はなかった。誰も姿は見えず、ただ焼け残った柱や、壊された社、荒らされた畑、馴染み深いはずのその景色を私はみるともなしに、歩いて行った。ただ一つ、約束を守るために。
 村から外れ、人目につきにくいその場所は奇跡的にも戦火を免れていた。
 風が吹くたびに、狂ったように花弁を撒き散らす桜。その下には誰の姿もなかった。
「嘘吐き! 姉様の嘘吐き! また会えるって言ったじゃない」
 衝動に駆られるように、何度も桜の木を蹴りつけていた。その度に降ってくる花びらが髪に肩に積もったとき、木の上から一羽の燕が顔の横を通って、滑空していった。
「姉様……、燕……、約束、また会えるって……」
 まるでかなえられる事の無かった姉の願いのように、燕は空高く、自由に羽ばたいて行った。

 

 私にとって全てだった世界は消え、一人で生きる事の難しさを知る。無条件で自分を愛してくれた、家族の優しさを思う。私は身を切られるような孤独の中、一つの思いだけを糧に日々を生きた。
 私に残ったたった一つの思い。それしか生きる意味を見出せなかった。姉のカタキを討つ、形見となった刀を研ぐ。

 

 今回依頼をしてきたのは、まだ幼さの残る少女だった。その外観には似合わず、腰にさげた刀が目立つ。
「わしの術はちと特殊での、己が一番会いたいものの元へと、意識を飛ばす術じゃ。どこに飛んでいくかは分からないぞ」
 少女は躊躇無く告げた。
「私は姉様のカタキを討ちます。怖くたって、ひいちゃいけないのです」

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☆「上級者召喚の宴」のリェロンさまより、頂いてしまいました!素敵なお話です…!!(感涙!)
実はこのお話を拝読して初めて雀が好きになりましたv健気で可愛い…!!ちなみに姉様は最初から好きです、漢前(をとこまへ)だから(笑)。
本当にありがとうございました!密かに(?)リェロンさまの小説のファン(と書いてストーカー)ですので、これからも楽しみにしております!本当に、感謝です!