俺はただ、戦いの中に身を投じているのが心地よくて、それだけで良かった。だからこの気持ちにも、気づかないふりをしてやり過ごしていたんだ。
彼女は、集団の中で浮いていた。
魔王と呼ばれる存在を頂点とし集まり、覇王と呼ばれる存在とこの魔界の覇権をかけて戦っている集団の中に俺はいた。
当然の事ながら戦いに身をやつす毎日で、大体の仲間は人間型の男だ。その中でエトワールという女性は、一見髪を短くし男性にも見えるが体系や持っている雰囲気から、周囲から浮いていた。
「どうした? もう一度いって見ろ」
一人の男がエトワールに腕を捻られながら脅されている。よくある事だ。だが今回は様子が違った。
「てめえ、少しばかり腕が立つからって調子になるなよ!」
男の仲間が数人でエトワールを囲む。中にはナイフを持ち出す者もおり、剣呑な雰囲気だ。周囲には人だかりができていたが、誰も止めに入ろうとはしなかった。さすがに俺は見ていられなくなった。
「腕が立つならそれでいいだろう、男か女かなんてのはどうでもいい話だ」
「クリストフ、お前邪魔するな!」
男達は突然俺が入ってきたことで、萎縮している。あと一押しすれば何事もなく、この場を収められるだろう。
「何やっているの?」
声が聞こえてきたところは、空洞のように人が避けられていて、大きな帽子をかぶり裾が広がったスカートを着、ブーツを履いた利発そうな少女が立っていた。もう一人の例外がコイツだ。だが、この少女はエトワール以上に浮いている。あきらかに異質で何よりも、危険な感じがするのだ。この少女については、誰もが近づく事を避けている。
少女に関わる事を避けるかのように人が散り始める。エトワールは納得できなさそうな表情だったが、少女に話しかける。
「ありがとう、あなたのおかげで厄介払いができたわ」
「何だぁつまんないの。もっと、もっと騒いでくれれば良いのに」
少女は興味を無くして歩いていく。少女の回りは人が近づかない。
「あなたにも、一応礼を言っておくわ」
エトワールは一瞬だけ、優しそうな表情を浮かべる。時折見せるそうした表情が、彼女の本当の姿じゃないかと思う。
子供の頃見ていた父親は、寡黙でいつも喜んでいるのか怒っているのか悲しんでいるのか、何を考えているのか分かりづらかったが、ただ力強く、そのたくましさに憧れた。
だから俺は、そんな父親のようになりたくて。あの時の感触を今でも覚えている。俺と父親は言葉では分かり合えなかった。
クリストフは拳を振るう。勢いのついた拳は奇怪な合成獣を吹き飛ばし、道を切り開く。鍛え上げられた肉体が躍動し、その腕が足が戦士の振るう武器と同等、もしくはそれ以上の凶器として覇王軍の獣たちを屠っていく。
総力戦が始まった。どちらかが完全に倒れるまで続く、いつ終わるともしれない長い戦い。遠くからは魔王と覇王がぶつかり合う衝撃が伝わってくる。
戦いは突然だった。普段ならば偵察に出ている仲間がいるのだが、なぜか敵の動きを察知できず、連携も取れぬままに戦っている。
投げつけられた棺桶を蹴り上げると、無防備になった相手に拳を叩きこむ。吹き飛んだ後、力なく崩れ落ちる敵。こうしていくら敵を倒した所で、状況の打開にはつながらない。一刻も早く仲間と合流するのが先だ。クリストフは足を早めた。
上空からひときわ激しい轟音と閃光が降り注いでくる。衝撃が収まった後、戦いは自分の知らないところで終わった、クリストフはそう思った。
戦いが終わったのならば、これ以上ここにいる必要もない、そう考えた俺はこの戦場から出ようとしていた。そこで、放心したように立っているエトワールを見つけた。側に寄ってみると、エトワールはこちらを向いた。
「アルベールは私を騙していたんだ……、私は一人で喜んでいてバカだったんだ。目的を果たしたから私は用済みだと、アイツは……」
その声は力がなかった。
エトワールが尋ねてくる。俺は応える言葉がなかった。
俺はアルベールを探しにいった。胸の中にある感情に動かされるがまま夢中で探しつづけた。その感情がなんであるかを認めたくはなかった。自分には無縁のものだと思っているから、けれど体は別で。
「アルベール、お前は……」
二人は無言でにらみ合う。クリストフは怒りを滲ませながら、アルベールは何も感じていないようにただ冷静に。
「そんなにエトワールの事が気になるなら、今がちょうど良いだろう」
その一言に、クリストフは拳をもって応える。とっさに飛びのいたアルベールだが、口の端から血が滲む。
「そんなつもりじゃない、俺は悲しむアイツをみていられなかっただけだ。後お前の事は前々から気に入らない、それだけだ」
アルベールは軽く笑う。その傍らに少女が近づいてくる。大きな帽子が特徴的な姿は、おなじ集団のあの少女だと気づく。
「ねえアルベール、こんな人放っておいて早く遊びに行こうよ。せっかく邪魔な人が消えたんだし」
「お前達は、人の心を何だと思っているんだ?」
「私には、分からない事だ」
「あたしを楽しませてくれるのなら、そんなものどうだっていいよ」
この二人を殴り飛ばしたところで、決して彼女を癒す事はできない、自分には何もする事ができない、そう思った。
「情けないところを見せてすまない。ただ今だけは許してくれ。私が人に頼らずに生きていけるような強い人間になるまでは……」
彼女にかけてあげたかった言葉は、口にだそうとした瞬間に儚くこぼれて、ただ白い息だけが流れていく。俺にはなにも言えない。
これは間違った事なのだろう、でも俺はあと一歩が踏み出せずにそのまま立ち尽くしていた。
力を使い果たした魔王の肉体は五つに分かれ、それぞれローレンス、セトラ、アルベール、エトワールそして俺に与えられた。これはただ俺達が優れていたから与えられただけなのだろうか。アルベールとエトワールと、まだやるべき事が残されているのだろうか。
過ぎたはずの感情がよみがえってくる。やりきれなくなって俺は、いたずらに魔王の腕を殴ってみた。
「くそ、硬いな……」
力いっぱい殴りつけた拳と、なぜか胸の奥も痛くなって俺はますますやりきれなくなった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
再びリェロンさまより!ありがとうございます!うぉうクリストフーーーー!!!!!
ハルの「クリストフとエトワールの話が読みたいですv」という厚顔無恥なお願いを本当に聞き入れてくださった…!!どこまでも感謝です!!
クリストフとエトワールはとっても漢前だと思うのです。あの軍団の中で良識ある漢前デコ組。(愛ゆえの表現よ?)
リェロンさまの描かれる二人はまさしくハルの理想です…!!カッコイイです!!切ないです!!なんかすっごい頑張れクリストフって感じです!!そして密かに悪い男・アルベールも結構好きです(笑)。や、本命はやっぱりクリストフだけど!(聞いてねえ)
リェロンさまが連載されている長編の方ともリンクしているので、是非皆様お読みになっては如何でしょうか、っていうか読んで!!(願)マッチョ衆にハルはめろめろりん(古語)ですv
リェロンさま、本当にありがとうございました!!!!