●暖かい夢の物語●

 昔々、ある小さな村に、一つの「魔」が生まれました。彼らは親を持たず、ある日突然生まれ出るのです。

 彼は生まれた時から、立派な青年の姿をしていました。鋭い牙はあったけれど、それ以外は全然他の人間達と変わって見えることはありません。初めは恐れていた人間達も、彼の優しさや素直さ、優雅さに魅かれ、すっかり仲良くなりました。

 春には皆でピクニック。彼は村のご婦人の作ってくれたサンドウィッチを食べて、訳も分からず泣きました。

 夏は子供達と小川で水遊び。キラキラ光る水しぶきを浴びて、彼は何だか楽しくて大笑いしました。

 秋は村の収穫のお手伝い。人間より力持ちの彼は、皆の為に精一杯働きました。収穫祭で飲んだワインは、いつもよりずっと美味しく感じました。

 冬はクリスマス・パーティー。彼の大きなお屋敷に皆を呼んで、ワイワイ、ガヤガヤ。彼は、農夫の様に日焼けしたサンタさんから、初めてプレゼントをもらいました。

 生まれたばかりの彼は、そうやって村の人々から色々な事を教えてもらいました。彼は村の皆が大好きでした。村の皆も、彼が大好きでした。彼らはもう、家族のような間柄だったのです。

 賢い彼は、家族の為にいっぱい本を読んで、お医者さんになりました。村にはそれまで一人もお医者さんがいなかったので、皆大喜びです。彼らはずっとずっと、仲良く暮らしていきました。

 彼が生まれてから100年が経ちました。大切な家族との幾度とない別れと、新しい家族との幾度もの出会いがありました。でも、彼はまだ青年の姿のままです。どうやら、人間よりずっとずっと永く生きるようです。

 ある時、彼は一人の美しい娘さんに恋をしました。とてもとても、美しい娘さんでした。瞳も、肌も、髪も、口唇も、すべてがどんな絵よりも美しい娘さんでしたが、中でも彼が一番美しいと思うのは、その心でした。娘さんも、彼が好きでした。美しく、優しく、素直な彼が大好きだったのです。

 二人は永遠の愛を誓い、結婚しました。60と3の村人達は、初めは心配しました。娘さんは死んでしまうけれど彼はずっとずっと生きるから、きっと哀しい思いをすると思ったのです。でも、彼と娘さんは固く愛を誓い合っていたので、村人達は心配するのをやめました。代わりに、立派な結婚式を用意して、60と3の心からの祝福をプレゼントしました。

 結婚式の夜、彼は奥さんに、ほんの一口、血を下さい、と頼みました。そうすれば、僕の中で血が混ざり合って、あなたはずっと僕の中で生きていてくれるから、そう言いました。

 奥さんは最初はびっくりしましたが、自分が死んだ後、彼が寂しいだろうと思いましたし、彼が目にいっぱいの涙を浮かべて言うので、血をあげることにしました。

 結婚式から間もなく、その国には恐ろしい病気が流行りました。全身に黒い斑点が出来て、お日さまに当たると皮膚がヒリヒリとひどく痛み、高熱と耐えられないような苦しみで転げ回って死んでしまうのです。

 病は、彼らの村にもやって来ました。

 彼はお医者さんだったので、必死に治す方法を探しました。いっぱいいっぱい本を読んだり、有名なお医者さんの所まで、牙を隠して話を聞きに行ったり、患者さんを抱きしめてあげたりしましたが、どうしても治し方が分かりません。とうとう、彼の村で最初の死人が出てしまいました。彼が名前を付けてあげた、70歳のお年寄りです。彼はその亡がらを抱きしめて、わんわん泣きました。

 村人達は、次々と病にかかりました。彼は、60と2になった村人を全員自分の屋敷に住まわせて、一生懸命看病しました。けれども、村人達はバタバタと死んでいってしまいます。ついに、彼の奥さんも病気になってしまいました。村で病気じゃないのは、彼だけでした。彼は人間ではないので、人間の病気にはかからないのです。

 彼は朝も昼も夜も頑張って治す方法を考えました。そしてある時、ふと結婚式の夜のことを思い出しました。血をもらった夜のことです。

 あの時のようにして、体の中から悪い血を吸い出してしまえば良いのじゃないだろうか?

 彼は早速、重病の患者さんをゆっくり抱き起こすと、痛くない様にそっと自分の牙で患者さんの首に噛み付き、悪い血を吸っては吐き、吸っては吐きました。

 するとどうでしょう。患者さんの体にあった斑点が、少し減ったのです。彼は大喜びしました。でも一度に沢山の血を抜きすぎると死んでしまうので、毎日少しずつ、全員の患者さんの悪い血を吸い出してあげました。

 その頃、その国の王様は、とても残酷な命令を出しました。病にかかった者を見付けると、その村を村人ごと、焼き払ってしまうというのです。病にかかっていない他の人も、皆焼き殺すのです。役人達も病が怖いので、喜んで命令に従いました。それどころか、わざわざ草の根を分ける様にして病人を探し出しては焼き殺すのです。

 彼の住む小さな村も、とうとう見つかってしまいました。

 自分の屋敷の周りに、赤々と燃えるたいまつを手にした役人達が集まっているのも知らず、彼はせっせと血を吸い出しています。すると突然、バンッ!という大きな音がして、役人が屋敷のドアを開けて入ってきました。役人の目には、横たわる多くの村人達、口元を真っ赤にして村人の首に噛み付いている美しい青年の姿が映りました。

 化け物だ!役人は叫ぶなり、外に逃げ出して部下に命じます。

 火を放て!化け物を殺せ!と。

 あっという間に火は燃え広がり、彼と村人達は炎に囲まれてしまいました。村人はまだ動けないし、そんな村人を置いて彼は逃げられません。

 子供達は泣き叫び、大人達も力なくしなだれています。彼は精一杯火を消そうとしましたが、彼をあざ笑うかのように炎は大きくなるばかりです。彼ははらはらと涙を流しながら、大切な家族達を守れない自分を責めました。

 その時、ふらふらと立ち上がり、何とか彼の元へ歩み寄る影がありました。彼の奥さんです。

 彼女は優しく彼の頭を抱きしめると、言いました。

 あなたは逃げて、生きて。

 しかし彼は頷きません。

 皆を置いては行けません。僕は、皆と一緒がいいです。

 そう言って譲らないのです。彼女は彼の目を優しく、でも真っ直ぐに強く見つめて、言います。

 私の血も、皆の血も、あなたの中に混ざっています。あなたの中で、皆は生きる。あなたの中の皆まで、あなたは殺してしまうの?

 村人達も何とか声を出して言います。

 生きましょう。ずうっとずうっと、一緒に生きましょう。

 彼は大粒の涙をボロボロこぼしながら、血を吐くような痛々しい声で何言か言いました。その声は炎にかき消されそうだったけれど、それを聞いた奥さんと、30と6になった村人達はニッコリと笑いました。

 その後、例の病は人間達の間から完全に消えました。遠い遠い昔にあった病気。そう思われる様になりました。

 けれど、今もなお、ある城の地下室ではその病の影響は残っています。多くの人の病気を吸い取って、ついにその影響を受けてしまった者がいるのです。

 彼は今日も眠ります。暖かい春のピクニック、涼しい夏の小川、楽しい秋の収穫祭、嬉しい冬のクリスマス。大切な大切な家族達。

 その全ての思い出と、愛する人々の血を自分の内に大切にしまいこんで、今日も彼は夢を見るのです。

 もう二度と太陽の光に当たれなくなってしまった体で、暖かいお日さまと、暖かい家族に囲まれた夢を見続けているのです。

Fin

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 ここまでお読み頂いて、ありがとうございます!この話は、ある日私が夢に見たものなのです。あまりに哀しかったもので、起きてすぐ書き留めておきました。

 色々と拙いのは分かってますが、感想など頂けると、私、口から金魚出して喜びますv(想像禁止)

 ちなみに、私の姉のサイト「Kings」にて、姉がこの話をWeb絵本にしてくれました!感謝!よろしければそちらもご覧下さいませ〜(ぺこりん)

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