旅芸人の一座が来ると、そこは祭りになる。色とりどりの奇抜な衣装を纏い、舞う踊り子たち。異国情緒溢れる旋律を奏でる楽師と歌姫。危険と隣り合わせの荒業を披露する者も居れば、軽業で場を沸かせる者も居る。怪しい雰囲気のテントの中ではこれも怪しげな占い師が未来を告げ、派手に飾り立てた露店は普段なら怒鳴られるような値段で飲み物や食べ物を売り、客はそれを笑顔で買っていく。
「わあ〜!!」
「ほほう……」
ジズに連れられ、子供二人はそれぞれに歓声をあげた。神学生として己を律してきたリディウスは、このような大きな祭りに参加したことがない。見るもの全てが目新しく、少年らしい好奇心が煽られる。驚き、喜び、表情が絶え間なく変わる。暗い顔ばかりしていたのが嘘のようだ。対して、あまり表情は変わっていないように見えるシンだが、目が輝いている。ナイフ投げを喰い入るように見つめていたのは物騒だが、舞や歌にも興味がありそうだ。そしてジズは大道芸より子供たちを鑑賞して楽しんでいた。
「可愛いなあ」
思わず口に出してしまうが、
「あ、これ美味しいですよ」
「うむ」
ジズが手当たり次第に買った菓子を両手に、二人は祭りを楽しんでいて気付かない。「無駄遣いするな」と怒らない辺り、シンも本当に楽しんでいるようだ。こういう時だけ歳相応のシンを見ていると、面白いと同時に哀れに思う。彼女にうっとりとした視線を送っている同じ年頃の娘たちは、思い切り笑うし、大声ではしゃぐ。彼女たちもそれぞれに辛い思いをしているのかもしれないが、諦めることを知っている。現実に流されることを知っている。妥協し、笑うことができる。それが出来ないのがシンであり、そうであるからこそ、ジズは放って置けない。面白そうで、壊れそうで、綺麗で、漢らしいと思う。愚か、という評価はしない。面白そうなものも綺麗なものも大好きだから。
「あ」
男の横で、少年は何かを見つけて足を止める。つられて二人が彼と同じ方向を見ると、そこには砂族の男が居た。周りより頭一つ背が高い、髭面の大男。セシアス、という彼の名を、リディウスは知っている。その男が、寂しげな瞳で家族連れを眺めている理由も。
「リディと色々話してた人だよね?」
「はい」
セシアスは買出しに来ていたのだろう、肩に大きな荷物を担いでいる。その彼が突っ立ったまま動かず、寂しげな視線を送り続けている……少年はしばし迷ったが、横にいる二人に向き直った。
「あの、ジズさん、シンさん。すみませんが、僕、あの人と一緒に行ってもいいですか?」
「え」
折角久しぶりの三人水入らずなのに、と思う男の横で、シンは頷いた。
「分かった。だがあの男の側を離れるなよ。掏りと人買いには気をつけるんだぞ」
「はい。では、行ってきます」
少年は一礼すると駆け出した。シンは、彼が途中こけそうになったときはやや眉をしかめたが、無事に男の元に辿り着くまで見守って、再び歩き始めた。
「あ、待ってよ」
セシアスが驚いた顔をし、それからリディウスに何か言われて嬉しそうに破顔するまでを眺めていたジズは、急いで娘の後を追う。
「俺が迷子になっちゃう」
「そういう可愛い人間ではないだろう」
「酷いな〜。今リディに振られて傷心なのに」
「言っていろ」
「あはは、冷たいな〜。そこがまた素敵だけど。さて、デートしよっか。的にダーツを当てたら景品が貰える、ってのがあったよ。君ならなんでも貰えるんじゃない?」
「やってみる価値はありそうだ」
デート、という単語に突っ込みを入れることも忘れるくらい、シンはやる気満々だ。
そして的屋を散々泣かせた後、両手に景品を抱えて二人は再び一座の芸を見てまわる。擦れ違う人々は二人を振り返るが、それでも祭りのおかげで、だいぶ目立たずに済んでいる。
「ところで……先程の鞭捌き、見せてもらったが」
「うん?」
歩きながら、シンは横で菓子を頬張る男に話し掛けた。通常より浮かれていた神経が少し落ち着いたのだろう、訊きたいことを思い出したようだ。
「相当な腕前だな。鞭は扱いが難しいと聞くが。何処で覚えた?」
自覚してはいないのだが、彼女は相当武術に興味がある。
「独学だよ。てきと〜なんだ」
「そうなのか?」
「うん。長いこと遊んでたら何となく使えるようになったよ。……あ、鞭で遊ぶって言ってもヘンな意味じゃないよ?」
「?」
「……ごめんなさい」
「???」
「ま、まあ、君には向いてないかも。不器用でしょ」
「……否定はしない」
「あはは。それに人を殺すのにも向いてないしね」
「そうか」
ならば意味はない、と思うのは娘。だから意味がある、と思うのは男。
その時、広場で歌っていた歌姫と楽師が新しい曲を奏で始めた。どこか郷愁を誘う、美しい旋律だが、シンには聞き覚えがない。
「ああ、懐かしいな」
だが横の男は眩しそうに目を細める。
「昔、西を旅したときに聴いたことがあるよ」
足を止め、聴き入る。シンには歌姫のくどい歌い方が気になったが、曲は気にいった。どことなく、旋律自体に気品がある。やがて歌が終わると、珍しく口上が入った。
「ありがとうございます。只今お聴きいただいたのは、遥か古に滅びた西の都市で、長に捧げられたとされる……」
「行こっか」
ジズは微笑むと、歩き始めた。一瞬だけその横顔が寂しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
結局、散々大道芸を見て廻り、船に戻ったのは夜中だった。リディウスとセシアスも先に帰ってきている。
「お、帰ったか。祭だったらしいな」
甲板で二人を迎えたのは、族長その人。
「ああ」
シンは彼に向かって手にしていたものを投げた。ギルバが受け取ると、飴に包まれた果実だ。
「土産だ」
「ああ、ありがとう。俺、これ好きなんだよ」
「だろうと思ってな」
お土産まで買ってたなんて……と、横でジズは面白くなさそうな顔をするが、それに気付いているものは後ろで笑っているラシャしか居ない。
船内では相変わらず宴のような騒々しさが続いていた。セシアスの豪快な笑い声が聞こえてくる。リディウスも一緒に居るのだろう。微かに少年の可憐な笑い声も聞こえてくる。
ギルバに商人からの手紙を渡した後、ちょっと命の水でも補給しようかな、とジズは席に着こうとしたが、
「お兄ちゃん!」
彼の服が引っ張られた。
「ん?」
笑顔で振り向くと、予想通り砂族の子供たちだ。昨日からすっかり仲良くなっている。
「どうしたのかな?」
「ねえ、旅芸人が来てたんでしょ!?」
「どんなだった?」
「大きな動物が居たって本当?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問。ジズの頬は緩みっぱなしだ。
「慌てないの!そうだね、甲板においで。話してあげる。あ、お菓子も買ってきたんだ」
子供たちが歓声を上げて甲板へ走っていく。引っ張られるように大きな子供であるジズも出て行った。
彼と対照的に子供に近寄られないシンは、ギルバや男たちに囲まれて色々訊かれていた。人買いに遭った話をすると、
「な、ななななんてふてぇ野郎だ!!!ブチのめしてやる!!」
「許せん!!許さん!!そいつらの特徴を教えろ!!」
「気持ちは分からんでもないが、許さん!!」
やたらヒートアップし始めた。ギルバでさえ
「……五人組だな?恐らく額辺りを腫らしているだろうな……」
野獣のような金の瞳を物騒に輝かせて何やら検討している。
「無事に済んだのだ。気にしないでくれ」
「いいや!」
男たちの声が揃った。
「シンを狙うヤツは……いや、インチェの治安を乱すヤツは、赦しちゃおけねえ!な!?若!?」
「そうだろ若!?」
「分かってるんだろうな、若!?」
「分かってる!明日は"お忍び"だ!」
ギルバが立ち上がると、男たちから「おお〜!」と歓声が上がった。
「よし!そうと決まったら呑め!呑むんだ若!!」
「俺たちも呑むぞ!!」
結局こうなってしまう。途中でシンが部屋に戻ったのにも気付かず、彼らは兎に角呑んだ。
そして翌朝、彼らは二日酔いで町に行くどころではなくなるのである。
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