神様って、いぢわる。
 見知った女の乱暴な握手(?)で手を好きなように振り回されながら、ジズは思う。
 (ホントに逢っちゃうなんて。まいったなあ……)
 だが、この男の気の変わり方は砂嵐よりも早い。
 (ま、いっか)
 「んもぉ、 "ラシャ"だなんて生意気な!昔は"ラシャ姉ちゃんラシャ姉ちゃん"ってぴよぴよ後ろから付いてきてたクセにィ」
 ラシャと呼ばれた女は手を離すと、今度は背伸びして彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
 「いつの話だよ」
 撫でられるのは嫌いではないようだが、彼は少し照れたように、僅かに拗ねたように顔をしかめた。自分の過去を知っている年上はズルいと思う。子供二人の前では見せない、その少年のような反応に女はまた破顔する。
 「ん!大昔!あんたがまだこんっっっなに小さかった頃!」
 女は、思い切りのいい動きでしゃがみこむと地面すれすれを撫でる動作をした。
 「でも三つしか違わないじゃん。だからその頃はラシャもこんっっっくらいだよ」
 ジズも右に習う。そして二人同時に何がおかしいのかきゃらきゃらと笑い始めた。お互いの肩を叩き合って笑っている。
 大人二人がそんな状態で、子供たちは困惑するしかない。
 「……あの、ジズさん?」
 「はは……ん?ああ、ごめん。紹介するよ」
 ジズが立ち上がり、次いで女も立ち上がる。緑なす黒髪、というのだろう。その豊かな髪が風に煽られ、同じ色の瞳が好奇心を隠さずに子供たちを見つめる。流し目の似合う、色白の美貌。形のよい紅い口唇が際立つ。均整の取れた肢体に、柔らかさを感じさせる豊満な胸、えらくくびれが目に付く腰。黙って立っていると、泣き黒子も相まってそれはそれは妖艶な女だ。リディウスは少し尻込みしたが、それを見逃さず女はニィ、と笑った。笑った顔はジズそっくりだ。一気に「妖艶」という単語は砂の彼方へ去っていく。
 「あら可愛い〜!……あン、こっちは綺麗……」
 シンにずずい、と近寄る女をジズはぐっと引き戻した。
 「はいはいストップ。触っちゃダメ。シン、リディ、これはラシャ・ムラサメ。俺の従姉妹」
 ラシャはドレスの裾を摘み上げる動作をして軽く頭を下げた。無論、実際にはドレスなど着てはいない。簡素な造りの、旅人として標準的な服装だ。
 「うふふ、宜しく。あ、でも今はムラサメじゃないわよ」
 「え!そうなの!?」
 「うふふふふ。こないだ結婚したの。今はラシャ・シラタエ」
 「わあ!タタン兄と結婚したんだ!おめでとう!タタン兄ご愁傷様!」
 「ちょっと素直すぎるわよその口」
 わあわあと騒々しく続く二人の会話を、シンとリディウスは半ば呆れながら見守る。どうしたらこんなに騒がしくはしゃげるのだろう。
 「あ。ラシャ、見て見て。こっちの綺麗なのがシン。可愛いのがリディ」
 唐突にジズが子供たちに向き直った。いきなり紹介されてリディウスは面喰う。
 「あ、あの、リディウス・カルローテ・インティグラです。宜しくお願いします」
 「……」
 シンは(人見知りなのか)僅かに頭を下げただけで黙っていたが、ラシャは楽しそうな笑みを浮かべていた。
 「 ふぅん。"シン"、ねえ……ま、いっか。で、リディウスくんね?うふふ可愛い〜!」
 今度はジズが止める間もなく、リディウスの頭をその胸の谷間に抱きこんだ。空色の髪に頬を摺り寄せて遊んでいる。
 「〜〜〜〜〜〜!!!!???」
 「……まあ、何事も経験だよ、うん。でも窒息させないでね」
 ジズも止められなかったのでもう止めない。シンは身の危険を感じて一歩退いていた。こういう雰囲気は、苦手だ。
 「そうそう、タタン兄も来てるの?ていうかなんで砂賊?」
 「あ〜、それがさあ!ねえ聞いてよ!」
 質問を聞いてラシャはぱっとリディウスを解放し、手をヒラヒラさせて話し始めた。好きなように好きなことをしているのだろう。誰かさんのように。一方、柔らかな拷問から解放された少年は、顔を真っ赤にして狼狽していた。今、自分に起こったことが信じられないのだろう。その少年の様子を横目に見て内心してやったと思いながら、ラシャは続ける。
 「ヒマだったから、ちょっとシャバールでヤバめ?な仕事を引き受けたのよね。そしたら見事に失敗しちゃってさあ」
 なるほど、確かに誰かさんによく似ている。
 「なんていうの?追われる身っていうか。イイ女だから仕方ないけどさあ、ダンナと二手に分かれて逃亡中なの。で、今砂賊でバイト中なワケ。OK?」
 「ああ、うん、納得」
 よくあることなのか、ジズは平気な顔をして頷いている。だが、シンとしては疑問を禁じえない。砂賊は余所者を助けることはあっても、受け入れることはない筈なのだが。
 「あ、ラシャの特技は相手の懐に強引に割って入ることなんだ。昔から」
 彼女の疑問に気付いたのか、ジズが説明を入れる。
 「そうか」
 やはり血は争えないということか。
 妙に納得する彼女の複雑な胸中も知らず、ラシャは堂々とその豊かな胸を張った。
 「そうよ。スゴイでしょ?それにしても綺麗なコね〜。リディウスくんは可愛いし。ねえ、ジズ、独り占めはちょっとズルいんじゃない?どっちか頂戴よ」
 「ヤだよ。どっちも俺んだ」
 「誰がお前の所有物だ」
 「あら、クールなのね〜」
 「ふふん、意外とそうでもないんだよ。ね?シン」
 「まあ!何よ得意そうに。ノロケ?ノロケなの?」
 「そう思ってくれて構わないなあ」
 「……阿呆」
 怒涛のような二人のペースに、シンは頭痛を覚える。まともに返してしまうのが原因の一つなのだが、良くも悪くも一直線な彼女にはまだわからない。
 (困った大人が増えたものだ……)
 好き勝手喋っている二人からやや離れて、シンはまだ顔を真っ赤にしているリディウスの側で待機することにした。どうやら、終わるまでもう暫く掛かりそうだ。
 結局、ラシャの帰りの遅さを心配した砂賊たちが船から降りてくるまで、互いに突っ込みのない二人の無駄話は延々と続いたのだった。

 神は、やはり僕らを見守って下さっている。
 リディウスはエルレス独自の礼をしながら思った。
 ここは砂賊の船の中。雑多で騒がしいが、設備は整っていて、快適だ。
 『え?インチェに行きたいの?じゃあ乗せてってあげるわよ〜……ね?族長?』
 ラシャのその一言で、彼らは砂賊の船に乗せてもらえることになったのである。正直、リディウスとしては砂賊の真っ只中に飛び込むなど怖くて仕方なかったのだが、「砂賊の船といえば砂漠では何処よりも安全だ」、とジズもシンも口を揃えた。それに実際乗ってみると、強面ばかりで品も無いが、皆陽気で快活だ。おまけにラシャは(本人はバイトだと言っていたが)一目置かれる存在のようだ。その彼女の客人であるから、少なくとも無意味に危害を加えられることはないだろう。となると、砂嵐を体感した後だけに、この船に対するありがたさは計り知れない。
 「さあ坊主!こっちにきて呑め!」
 「いらっしゃいよ、お兄さんたち!」
 大きな酒場がそのまま一つ入ったような食堂らしき場所では、酒と食べ物を囲んだ砂賊たちが、シンたちを手招きしている。
 「え。僕、お酒は……」
 「いいから来いや!」
 リディウスが毛むくじゃらの大男に引っ張られていき、シンとジズは女たちに囲まれた。
 「さあさ、お兄さんたち、こっちにお座りなさいよ」
 「……私、黒髪のが好み」
 「じゃあ私はこっちのコの隣〜!」
 「ずっる〜い!アタシも〜!」
 「どきなさいよ!あんた男でしょ!」
 「イイのよ心は乙女だから!」
 ぎゃあぎゃあと女(?)の戦いが始まった隙をみて、ラシャがやってきた。
 「あはっ、やってるやってる。さ、こっちに来て。改めてウチの"若さま"に紹介するから」
 頷くシンと名残惜しそうなジズの腕を掴んで、踊るように楽しげな足取りで大きなテーブルに連れて行く。
 「ぞ・く・ちょ!坊やはセシアスに捕まったけど、このコたちは花園から救出してきたわ」
 ラシャの台詞に苦笑しながら、上座に坐った男がシンたちを見る。年の頃は30前後だろうか。若いが、眼光が鋭い。先程、ラシャを迎えに船から降りてきた者の一人だ。
 「こっちがあたしの従兄弟。ジズ・ムラサメ。馬鹿だけど。で、こっちはシンくん。綺麗よね」
 紹介になってないような紹介だが、ジズはにこにこと笑いながら礼をした。
 「ご紹介に与りまして。拾ってもらっちゃってどうもありがとう。あ、ラシャの面倒も見てくれてありがとう。この人、イイ歳して自由人だから大変でしょ?ところで花園のお花さんたちと遊んでも……」
 ラシャは族長をみたまま笑顔でジズの横っ腹に肘鉄を喰らわせた。
 「……シンだ。礼を言う」
 悶絶する彼を綺麗さっぱり目に入れず、シンは男に向き合った。凍った海のような蒼い瞳と、髪と同色の金の瞳が互いを映す。……直感的に、シンはこの男を信用することにした。
 「ああ、客人。さっきはロクに挨拶もせず済まなかったな。俺がココの族長だ」
 男は立ち上がると、手で仲間たちに客人のための席を用意するよう指示した。すぐに仲間たちも動く。
 「ギルバという。あんたらはラシャの客だ。歓迎する。むさ苦しくてすまないが、ゆっくりしていってくれ」
 「さっすが族長〜」
 ラシャの入れた茶々に、ギルバはまた苦笑した。笑うと意外に可愛い、とは、実は砂賊皆がこっそり思っていることだ。
 「何かあったら俺でも誰でもいい。遠慮なく言ってくれ。誰か一人くらいは聞いてくれるかもしれんぞ」
 「そうそう!少なくとも若は頼まれると断れないからな〜!」
 近くに坐っていた別の男が言うと、皆が笑いながら頷く。ギルバは顔をしかめた。陽に灼けた頬がほんのり赤くなっている。
 「うるせえな!兎に角だ、皆。失礼のないようにな」
 「了解!じゃあ無礼講といこうや!」
 「族長(ひと)の話を聞けよ!」
 その族長の言葉も空しく、あっと言う間に宴が始まった。

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