堤防の上で、猫がのんびりとひなたぼっこをしている。人が近寄っても逃げる気配はない。それをいいことに、ジズは猫のお腹を撫でて遊んでいた。すぐ横で荷物を抱えながら、タタンはにこやかに見守っている。
「いい町だねえ、タタン兄」
「うん。皆優しいし」
近くを通り過ぎていく老婦人が二人に会釈した。二人とも穏やかに返す。タタンはすっかりこの町に馴染んでいるようだ。
ジズが堤防の上に飛び乗って腰掛けると、腰に差した刀を先に堤防に乗せた上で、タタンも倣った。風は少し寒いが、よい天気だ。
「終の棲家は、こういう町が良いな、と思ってるんだ」
寂れた通りを眺めながら、タタンは呟く。
「そうなの?」
「うん。……ラシャは、嫌がるかもしれないが」
「あはは、確かに」
ジズも通りを眺める。実にのんびりとした町だ。
「でも兄、『終の』、なんて気が遠くなるよ」
「うん」
ぽかぽかと太陽に暖められ、背中が温かくなるのを感じる。隣の猫は眠ったようだ。ジズはにやりと笑うとタタンの顔を覗き込んだ。
「ね、なんでラシャと結婚したの?」
「え……!!」
唐突に訊かれ、タタンは顔から湯気を噴出さんばかりに真っ赤になった。ジズからすると、その反応が楽しくてたまらない。
「い、いや、その……なんで、と訊かれても……す、す、好き、だから……」
無意味に刀を触っているあたり、余程動揺しているのだろうが、大きな背中を丸め、消え入りそうな声で、でもちゃんと答えてくれる。ジズはこのはとこのこういうところも大好きだ。
「へえ〜!でも大変でしょ?ラシャと一緒だと命も体も幾つあったって足りないよね」
「だけど、退屈はしない」
まだ真っ赤なまま、タタンは微笑む。実にこの一族らしい答え。ジズやラシャとは言動が大違いだが、やはり血は争えないということか。
「子供は、欲しい?」
ジズが訊ねると、タタンの顔は今度こそ湯気が出そうになった。
「で、でででできれば」
「そっかぁ……生まれるとイイね。俺、『お兄ちゃん』になりたいよ」
「……うん」
二人は寂しそうに微笑んだ。彼らの一族にも、それなりの問題がある。性格や言動はひとまず置いておくとして、存続のかかった大きな問題。
彼らの一族で、ジズより若い者がほとんど居ないのだ。
「でもホントに良かったよ、ラシャとタタン兄が結婚してくれて。ラシャは落ち着きがないし、兄は落ち着きすぎだし。バランスがとれて安心だよ。本当におめでとう」
「ありがとう」
照れながら笑うと、タタンはジズの頭を撫でた。
「俺は、お前が元気そうで嬉しい」
そこで何を思いついたのか、
「ちょっと見せてみろ」
いきなりジズの服を捲り上げた。それほど日に焼けていない腹から胸が晒される。近くを歩いていた老夫婦がぎょっとした目を向けたが、慌てて目を逸らした。何らかの誤解がないことを祈るばかりだ。
「な、なに?」
突発的に意図の読めない行動をするところは、彼の連れの娘に似ているかもしれない。
「いや……よかった、安心した」
心底ほっとしたように微笑むと、タタンは丁寧に服を元に戻す。
「怪我はしていないようだな」
「そんな確認なら、口で訊こうよ。女の子以外に脱がされるとびっくりしちゃうよ」
タタンは顔を赤くしたが、
「そうするとお前は、怪我をしていても誤魔化すだろう」
よく彼のことを分かっている者にしかできない発言をする。
ジズは頭を掻いた。
ああ、俺、何時までたっても心配かけちゃうんだなあ。
「大丈夫、だよ、兄。俺、大人なんだから」
「うん……」
タタンからすれば、この歳の離れたはとこが心配でたまらない。今確認したが、昔負っていた大怪我の痕は、もう無い。だが、それは体だけのこと。
「ジズ」
「なに?」
タタンの脳裏に、シンが浮かぶ。彼も、彼女がどういう民族なのかを知っている。永いときを許された民族だということを。
そしてそのことが、このはとこをどうしようもないまでに傷付けてしまう可能性があることも。
「……頑張りすぎるなよ」
だが、彼はそれしか言わない。ぐしゃぐしゃとジズの頭を撫でた。
「……うん、ありがと」
ジズにも、彼の心配は伝わっている。心配してくれるけれども、自分の生き方を尊重してくれる。ラシャもタタンも大好きなのに、ラシャには逢いたくなくてタタンには逢いたかったというのは、この優しさの形の違いが理由だ。
「さて、帰ろうか。あの子たちが待っているだろう」
タタンは堤防から降りた。若い客人たちをあんまり待たせてはいけない。
「あ、降ろして?」
だがもうちょっと遊んでいたいジズは、ふざけながら彼に両手を伸ばす。幼児が抱っこをねだるポーズだ。
「こらこら」
それが「大人」のすることか?
タタンは苦笑した。
これだから、何時までたっても心配なんだ。
苦笑しながらも、結局ジズに甘いタタンは軽々と彼の両脇を抱え上げて降ろしてやった。
実は先ほどの老夫婦に目撃されていたのだが、二人は知らない。確実に何らかの誤解をされただろう。