聖夜の風景

a year ago...

 少年は、両親からの手紙を読み返していた。今日は、彼らの神に関する祝日。街も教会も神学校も、大掛かりな宴の準備に忙しい。
 ―風邪など引いていませんか?こちらはお父さんもお母さんも元気です。
 柔らかい人柄が表れているその筆跡は、彼の母親のものだ。手紙には、彼の体調を気遣う文と、あちらの様子が事細かに書き綴ってある。
 (僕は、元気です)
 少年は緩む頬もそのままに、心の中で返事をする。数日前に、彼も両親に宛ててメッセージカードを送った。今頃届いているだろうか。
 (多分来年には、神官の資格をもらえるはずだから。そしたら、お父さん、お母さん。一緒に、神の教えを伝えていきましょうね)
 「おーい!そろそろ聖歌隊の出番だぞ!お前、駆出されてるだろ!急げ!」
 「あ、は、はい!すぐ行きます!」
 急に同級生の大声に呼ばれて、彼は両親への語りかけを中断した。急いで礼拝堂へと向かう。
 暖かい言葉に添えられてきた、手編みのセーターを神服の下に着込んで。

3 years ago...

 「ああ、ほら、見て御覧。綺麗な飾りだ」
 優しい父親に言われて、娘は父の指差す方へ目を遣った。
 そこには、色とりどりに飾り立てられた、大きな樹。
 「わぁ、綺麗だ!凄い、父上、母上!」
 娘はその澄み切った蒼の瞳を輝かせると、腕の中の小さな弟にも樹を見せようとした。
 「ほぅら、お前も見るといい。綺麗だぞ」
 きゃっきゃと声を上げて笑う弟を高く抱き上げてやりながら、娘も楽しそうに笑う。そんな幼い姉弟を和やかに、両親は見守っていた。
 「ああ、そうか……今日は、聖夜だな」
 「ええ、そうでしたね」
 遊牧をしながら各地を渡り歩いている彼らは、こうやって街の近くまで来ないと世間の流れに触れられない。
 「聖夜、か……我らにとっては、微妙な位置付けだな」
 「ええ、そうですね。でも……」
 美しい母親は、穏やかに夫に微笑んだ。
 「あの子たちがあんなに嬉しそうなんですもの。聖夜も、素敵」
 こちらも美しい夫は、妻の笑顔に赤面して誤魔化すように子どもたちの方を向いた。
 「そ、そうだな、まあ、良い、夜だ。良い夜だ」
 赤面したまま、娘の名を呼ぶ。
 「なぁに?父上」
 「我らに、歌を聴かせてくれないか?良い……素敵な夜に、相応しい歌を」
 娘はにっこりと微笑んだ。そして幼い弟を胸に、己の名を持つ歌を唄い始めた。

514 years ago...

 「ねーねー、今日は何の日か知ってる?」
 楽しそうな声は、一緒に剣の稽古をしていた二人より、三つ年上の少女のもの。
 「え?何だっけ?」
 「何何?」
 首を傾げる、暗灰色に近い黒髪の少年と、きょとんとする紫がかった黒髪の少年。その様子を見て、少女はにやりと笑った。なにか企んでいる時の顔だ。
 「んふふ。あのね、今日は世間一般に言う聖夜ってヤツでね……」
 なにかピンときたのか、暗灰色の方の少年もにやりと笑った。その表情は、少女に良く似ている。
 「ああ、うん、思い出したよ!聖夜、聖夜ね〜」
 その笑顔のまま、もう一人の少年に振り返る。
 「あのね、聖夜っていうのは、昔の偉い人の誕生日でね……」
 「うんうん」
 紫の少年は邪気の無い瞳で感心しきって聞いている。
 「この日には、子どもは外に出ちゃいけないんだよ」
 「え!そうなの!?」
 「そうそう」
 少女も話に加わる。
 「外はね、その偉い人に恨みをもった、返り血で真っ赤になった服をきたおじさんがね……」
 「え……」
 紫の少年の目に怯えが宿る。
 「猛獣に引かせたそりに乗って、獲物を求めて彷徨ってるのよ」
 「ご自慢の白いヒゲまで真っ赤に染めるのが目的でね、染まるまで街から出て行かないんだよ」
 「う……」
 「しかも恐ろしく強いのよね!」
 「ねー!去年はスイジャおじさんとミネルカ姐さんが深手を負いながらも見事追い返したって話だけども」
 「あ、あの二人が!?そんなに強いの!?」
 「そうそう、毎年死人が出るか出ないかの騒ぎで……だから毎年、この時期には子どもたちには早く床に就きなさいって大人が言うわけよ。今年あたし、元服だったから、やっと教えて貰えたんだけどね……」
 「俺はそれをこっそり聞いてたんだけどね……」
 「う……いやだ!どうしよう!」
 半泣きになった少年を見て、良く似た笑顔の二人は心の中でハイタッチをして喜んだのだが、
 「誰か怪我しちゃうよ!ぼ、僕、そのおじさんに出て行ってってお願いしてみる!」
 震えながらも健気に決心をしたその様子に、慌てる。
 「い、いや、ほら、話の通じる相手じゃないわよ」
 「じゃあ、僕が木の汁でおヒゲを真っ赤にしてあげる!」
 「い、いや、ちょっと難しいんじゃないかな?」
 「大丈夫!この間、着物をちゃんと染めたもん!」
 「そうでなくて……」
 焦る二人とどんどん出来る気になってきた少年の元へ、
 「どうした?何を話しているのかな?」
 彼らより三つほど年上に見える少年がやってきた。
 「あ!師匠!」
 まだ剣の稽古着を着ている間は、少年たちはその年上の少年を師匠と呼ぶ。
 「今日は怖いおじさんがやってくるんでしょ!?僕、がんばっておヒゲを染めるの!木で!」
 「…………え?」
 良く似た二人の少年少女はこっそりとその場を逃げ出そうとしたが、
 「う〜ん……こういう場合は、お前たちに訊いた方が早いのかな?」
 年上の少年の、困ったような笑顔に捕まった。

and now...

 ―お父さん、お母さん、お元気ですか?
 空色の髪の少年は、夜空を見上げながら思う。
 ―僕は……
 「ねーねー、聖夜の裏話って知ってる?」
 「知るか。知りたくも無い」
 「いやいや、それがね、聞いたら君、きっと挑戦したくなるよ」
 「?」
 「この夜にはね、猛獣に引かれたそりに乗ったおじさんがね……」

 どうしようもないホラ話をする男と、それを信じかけている娘。
 そんな二人の後ろで。

 ―……僕は、頑張ってます……

 少年は大きく溜め息をつくのだった。

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