〜序章〜その名は、はじまり
娘は雨の中、天を仰いだ。焼け焦げた、家だったものの上に跪き、泣きながら天を仰いだ。
「報いか!これが、報いなのか!!」
血を吐くように、娘は天に向かって吼えた。その腕から、炭と化した幼い弟が崩れ落ちていく。
「応えよ!応えよ、天よ!!」
しかし天は何も応えない。ただ、雨が娘の体を打つのみだ。
「……応えよ……こた、え……」
そして娘は再び、天に吼えた。一族で一番美しいと称えられた銀の長い髪が焼け跡を掃く。口から迸るのは、痛々しく、しかし雄雄しい叫びだった―――
男は人生何度目かの窮地に陥っていた。
「どうしてくれるんだ?色男さんよ」
いかにもガラの悪いごろつきといった風情の男たちが、いかにも……な台詞を吐いて彼に迫っている。その手に酒でもあれば粋だったのだが、どうにも無粋だ。刃物はいただけない。
だが男は、やるべき事を知っていた。
「どうって……そうだなあ」
愛想良く笑いながら、男は腰に留めていた鞭を取り出す。
「やるか!?」
無粋ものたちが色めき立つが、男は優雅に首を振った。
「違うな。それじゃ40点だ」
そして目も覚めるような一振りを放つ。そのしなやかな革の触手が捕らえたのは、身体を強張らせる男たち……ではなく、その頭上に伸びる木の枝だった。
「じゃあ、そういう事で!」
そして男は勢い良く跳んだ。男たちの頭上を飛び越え、一瞬後にはまた別の木の枝に飛び移っている。下で男たちが口々に叫ぶが、「待て」と言われて待ってみるほど冒険好きではない。
男は何をすればよいか良く知っていた。
こういう時は、慌てず騒がず逃げるのが一番なのだ。
少年は神を信じていた。他に祈るものは要らなかった。故に、幼い頃から親元を離れ、大陸一の神学校で学んでいる。この大陸で主流といわれる宗派の、その法王の下で教育を受けながら、少年は心穏やかに過ごしていた。
全てを知り、全てを与え、全てを守る―――それが、父なる神。大いなる神。世界の創造主。少年はその神に仕える神官を目指して勉強していた。幸せだった。
そしてその幸せがあまりに強引に奪われた日、その日も少年は何時もの様に教会から帰る途中だった。
広く大きな世界の中で、三つの運命は出逢う。