ある南の小さな村の外れに、「真の法王」が幽閉されている館がある。キリヤ一行に連れられて、シンたちは今、そこに程近い山小屋に潜伏している。館は法王の私設軍というべき近衛兵たちが警備をしているのだが、人数はそれほどまでには多くない。その代わり、精鋭揃い。統率の取れた動きをし、油断はない。キリヤたちではどうにもできなかったのも頷ける。
その館へ、定期的に「法王」がこっそり通っている。どういう意図かは知らないが、双子の兄へ逢いに来ているらしいのだ。キリヤたちは、なるべく警備の少ないその「法王」の訪問日以外を狙いたかったのだが、シンの目的はその「法王」である。片を付けるなら一気に、ということで、強行策をとることになった。
そして今日はその訪問日。これを逃すと、また暫くお預けになってしまう。あまり気の長くない娘が、これ以上じっとしていられるとは思えない。
「そろそろ出発だ」
老人の一人が、彼女たちを呼びに来た。リディウスは緊張気味の面持ちで、頷く。シンも頷いて部屋を出ようとしたが、その腕をジズが掴んだ。
「リディ、先に行っといて。ちょっとシンとお話があるから」
「え?あ、はい。じゃあ、お先に……」
少年が老人に付いて部屋を出るのを確認し、ジズは訝しげに彼を見ている娘に向き合った。
「ちょっと、いい?」
「ああ」
男はにっこりと微笑んで、手を離した。が、今度は両手でシンの肩を軽く掴む。
「あのね……」
そして目を瞑って、少し低い位置にある娘の額に、こち、と自分の額をぶつけた。装飾品が当たって痛かったが、そこは我慢する。
「……」
鈍感な彼女は、自分が今、一般的にみてどういう状況になっているのかは解らない。ただ「近い」と思うくらいで、不平も言わずじっとしている。
男は少しの間を置いて、喋り始めた。
「俺、ね。ちょっとだけ、不謹慎なコト、考えちゃった。今日さ、この計画、失敗しちゃえばさ、俺、もうちょっと、一緒に居られるのになあ、って」
先程とは違うたどたどしさ。それに気付きもせず、娘は眉根をひそめた。
「……確かに不謹慎だな」
この計画が失敗すれば、リディウスやキリヤたち、多くの人間の命や人生が無駄に費やされることになる。
「うん。だから、ちょっとだけ」
「それに」
娘は何時ものように、思っていることをそのまま口にする。
「総て終ってからの予定はないからな。それからも一緒に居たいのならば、気にせんぞ。居ればいい」
「……」
ジズはゆっくりと額を離して、微笑った。何故だか泣きそうな顔だった。
「うん、ありがと」
「うむ。では行くか」
「うん」
娘の背中を見ながら、男は笑顔のまま、独り心の中で呟く。
自分じゃ、気付いてないんだろうね、君は。君ね、意外と、俺のこと嫌いじゃないんだよ?
少し俯き、男は意味をなさなくなった笑顔で考える。
……だから、今日、全部終っちゃえば……それも、ツラくなくていいかな、って思うんだ。これ以上、一緒に居なくても……済むから……
ドアの外には、老人たちとリディウスが、覚悟を秘めた顔をして並んでいた。
「行くぞ」
娘が、堂々と宣言し、
「はい!」
少年が大きく返事をする。
「さぁて、やろっか!」
そして男は、楽しそうに。楽しそうに見えるように。笑った。