「これからどうすんの?」
「別に。また旅をする」
「いっぱい殺すの?」
「そうなるだろうな」
「違う生き方は?」
「……それを探すのも、悪くは無い……か」
「うん、そうだよ!それがいい!ああそうだ、タタン兄とラシャに顔出しなよ。心配してたよ」
「……ああ。そうしようかな」
「うんうん」
「……それで、お前は?」
「え?」
「お前は、これからどうする」
「……俺は……」
呼吸をするたびに喉を灼かれる。咳き込むと余計苦しい。
息苦しさと熱気と闘いながら、涙目で少年は横で涼しい顔をしている娘を見て、改めて尊敬する。足場も崩れ、焔に遮られ、方向も分からなくなりそうなこの状況下で、自分を引っ張る彼女の手からは微塵の迷いも感じられない。この人に任せておけば何もかも上手く行きそうな気になる。実際のところ、娘はただ直感に任せて行きたい方に行っているだけなのだが、少年に知る由はない。
「リディウス、大丈夫か?」
「はい」
「それならばいい」
何度かその応答を繰返した後、初めて娘の足が止まった。
「どうしたんですか?」
「……足音だ。近い」
そう云ってシンは、リディウスの手を離した。彼を背中に隠すように、彼女が感じた足音の方へ向く。少年の緊張が背中越しに伝わる。
「ジズさんでしょうか?」
「そうだと願いたいな」
轟々という焔の声の中に、彼女は確かに微かな足音を捉えていた。崩れた足場の向こう側の、絨毯が既に役目を終えた床が、一定のリズムで軋む音を。
そこまで判断して、シンはふと可笑しくなって警戒を解いた。
「シンさん?」
不安そうな少年に、微かに笑いかける。
「この状況で、これほど落ち着いた歩き方をするような神経の持ち主は、あやつくらいだろう」
そして足音の方を顎で示す。
「あと数秒で、見慣れた顔が出てくるはずだ」
「『おまたせ』、とか云いながらですか?」
二人はくすりと笑った。
足音がやがて少年の耳にも届くようになって、そして焔の裂け目に
「やあ、おまたせ」
見慣れた顔と聴きなれた声を確認して、もう一度小さく笑った。
「あ、何々、二人で楽しそうにさあ!嫉妬しちゃうな」
「遅かったな」
「ん、ごめんね?」
「ご無事で何よりです」
「ん、ありがと!君たちも大丈夫みたいで安心したよ」
笑顔。だが男は、崩れた足場を前に動こうとはしない。
「……どうした?」
男の身体能力なら、この程度の障害など、軽く飛び越せるはずなのだが。
「怪我でもしているのか?」
「ううん」
笑顔は、崩さない。
「シン。ちゃんと目的を果たしたみたいだね?」
「ああ」
「なら……俺は、ここまでにしとくよ」
男はいつものように、笑う。
ちゃんと笑えているか、不安だけれども。大丈夫、ここでこうするって、決めてたんだから。
「どういう意味だ……?」
「ここでお別れしよ?」
怪訝そうに男を見る子供たちの視線から、あえて逃げないで。
「約束は守れたし」
「……」
「また、旅に出るよ」
「ジズさんっ!」
火の手はそこまで迫っている。悠長にしている場合ではない。
「……」
娘は無言で男を見る。
「……」
男も無言で、笑いかける。
おろおろする少年の横で、数秒の、しかし数時間にも感じられる沈黙が流れた。
「……また随分と急に」
それを破ったのは、押し殺した娘の声。
「我らを、置いていくのだな」
ジズの笑みが一瞬消えた。が、すぐにまた口の端はいつもの笑みの形に吊り上がる。
―――痛いトコ、直に突いてくるんだもんなあ、このコは
言い訳の仕様も無く、自分は彼女たちを「置いていく」。
「でもシン……」
言いかけて、止まった。娘の瞳を、まともに見返してしまったから。
それは哀しげな……子供の、目。置いていかれることを恐れる、子供の。
―――ああ、そうか
ジズは思わず失笑した。
―――俺はいつも、こんな目をしてたのか
「でも」
だからこそ。
「もう、置いて逝かれたくないんだ」
特に、君に。
「どういう意味だ?」
「ふふっ……あのね、シン。君たちよりずっとずっと永生きしちゃう一族がいるって、知ってる?」
「何……?」
「だからねえ……ごめんね」
あくまで笑顔で。男は愛しい子供たちに背を向ける。
「ジズ!!」
「ジズさん!!」
―――ああ、初めて名前、呼んでくれたね
焔の中に進みながら、ジズは微笑んだ。誰も見ていないその笑顔は、泣き顔にも似ていた。
―――ありがとう。楽しかったよ、シン、リディ
「……ジズさん……」
涙ぐむ少年の横で、シンは唇を噛んだ。
(何が……っ!!)
きつく拳を握り締める。
(何が「置いて逝かれたくない」、だ!!)
「ふざけるな!!!」
鋭く叫んで、シンはリディウスの腕を掴んだ。
「行くぞ!」
戸惑う少年を強引に引っ張り、娘は大股に歩き始めた。
(置いて逝かれたのが自分だけだとでも思っているのか?我だって……その苦しさは知っている!それでここまで来たのだから!)
娘の中に渦巻くのは、自分でも説明のつかない怒り。自分が今「置いていかれた」と思うくらいに、あの男は「一緒に居た」存在だということすら理解できていないのだから、説明がつかないのも当然といえば当然だろう。
(その我を!置いていくのか!?知っているくせに!置いていかれる者の気を知っているくせに!!)
「生きて、帰るぞ!絶対に!!」
そしてあの男に、文句を言ってやるのだ。
ぜったい、ゆるさない。