彼は10年程前、シンの一族に逢っている。とある辺境の街だ。旅人たちには伝説とまで云われる民族なのだが、それ故にそうやって普通の街に紛れてしまうと、大抵の旅人にはまさかその「伝説」であるとは思われず、民族の存在すら知らない街の者には、ただ「物凄く珍しい色彩をもつ民族」としか思われていないようであった。だが、「面白そうなもの」を彼が見逃すハズがない。
そこに居たのは、美しい織物を売りに来ていた家族。22,3に見えるが実際は分からない両親と6,7歳くらいの娘。並んでいるだけでとても絵になる美しい家族で、織物を買う余裕も無いのに思わず近寄ってしまった。娘は長く美しい銀髪を母親に梳いてもらっていたが、ジズと目が合うとにっこりと笑い、母親のひざからぴょんと抜け出して彼に近寄った。
『お兄ちゃん、珍しい髪とお目目』
君たちの方がよっぽど、とは思うが「そうかい?」と応えた。
『うん!とても綺麗』
そしてまたにっこりと笑う。そういう趣味はないのに見ているとくらくらしてしまいそうなほど娘は愛らしかった。人懐っこいし、連れ去られてしまうのではないかと要らない心配までしてしまう。これまた美しい両親はにこにこと娘を見守っていた。
結局、その家族と色々とおしゃべりをし、思わずなけなしの金をはたいて極小さい織物を買ってしまったのだが、帰り際、娘はとても寂しそうな顔をして彼の服の裾を引っ張った。
『もう行っちゃうの?』
『君みたいな可愛い子にそんな事言われると、お兄ちゃんどこにも行けなくなっちゃうなあ』
娘は恥ずかしそうに笑うと、大人しく父親に抱き上げられた。
『ねえ、お兄ちゃん。お名前は?』
『ジズ・ムラサメ。君は?』
そして娘は輝くような笑顔で応えた。
『我はね、アリアっていうの』
「うっそだぁ〜……」
思わず呟くジズに、前を歩く娘は振り向いた。
「どうした?何が嘘なんだ?」
その厳しい顔にあの少女の愛くるしい面影は……微かにあるか?いや、どうだ?
「……ど、どうした?」
思わず近寄ってしげしげと見つめるジズからあとずさった相手の様子も気にならず、彼はまだ考える。
(いや、ただ同名ってだけだろ……だって……)
そして思わず口にする。
「夢を壊さないで欲しいもん」
「は?」
暫くして、三人は小屋を見つけた。この大陸には、あちこちにこういった旅人のための休憩場所がある。中を見ると誰も居なかったので、占領することにした。簡易なベッドが二つ、置かれている。そこで目を覚ましたリディウスが「すいません!僕が見張りますからお二人は休んで下さい!!」と申し出たので、二人はそれに甘んじることにした。
幸せそうな寝顔を見せる男を横目に、シンはぼんやりと考える。
(しかし……ムラサメ、か……)
酒場で出逢った時から引っ掛かっていたのだが。
(……何故かな。いつか何処かで聞いたことがあるような……)
ジズの「夢」は、実は崩壊していたのだった。