●孤狐堂謹製 万能手帳●

 今時、手帳を携帯よりも頻繁に手にする人間は少ないかもしれない。しかし彼は何時もお気に入りのそれを手に生きていた。今日の予定、知人の住所と電話番号、メモ、聞き込みの内容・・・何でも書いた。墓場には、その時使っている手帳と一緒に入るだろうとさえ思っている。
  彼は刑事である。そしてお約束のように定年間近である。勿論(?)時効間近の事件を追っている。ただ惜しむらくは,折角彼の名前は「ヤマダ ケンゾウ」なのにあだ名は「ヤマさん」ではないという所か。・・・ついでに「おやっさん」でもない。普通に「ヤマダさん」と呼ばれている。
 そのヤマダさんが何時もの様に、胸ポケットから『相棒』をその武骨で大きな手で取り出した時、様子がおかしいことに気付いた。
 「・・・」
 そうっと開いた途端、バサバサッと音を立てて中の用紙が落ちていった。彼が今手にしているのは6穴式の綴じ込み型手帳で、ここ数年、リフィルを替えて使い続けていて愛着がある。それだけにこの現状を認めたくないのだが・・・哀しいかな、彼は刑事で、気が付くと冷静に分析していた。
 (金具が壊れている・・・修理は・・・出来ない。素人がしてもすぐにまた壊れるな)
 ・・・ガイシャは手遅れだった。彼は左手に殉職した相棒を持ったまま冥福を祈った。
 (仕方ない。今日はこれで我慢するか)
 重い溜め息の後に彼が手にしたのは、何時も「何故こっちを使わない?」と突っ込まれる警察手帳だった。だが―――相棒を失ったその日の彼は、何時もと違ってミスを連発し、若い署員の女の子に心配される始末。何故だかは彼にも分からないが、調子が出ないのだ。一種のお守りのような物だったのかもしれない。
 (・・・買いに行くか)
 ヤマダさんは帰りの時刻になって、そう決めた。電話で妻に遅くなることを告げ、街へ向かう為地下鉄に乗った。別にその辺のデパートや文具屋でも良いのだろうが、昔馴染みの店主に不意に逢いたくなったのである。
 街は家路に着く人々でごった返していた。人の流れに逆らいながら、彼は馴染みの店に向かう。そして店主とくだらない世間話でもしながらゆっくり新たな相棒を選ぶつもりだったのだが・・・
 「・・・休みか」
 そう、その日は偶然にも店休日だったのである。
 「・・・」
 不運が重なると少し気分がいじけてくるのだが、彼は踵を返すとめげずに他の店を探し始めた。若かった頃なら、大きなデパートにでも入ってさっさと用を済ます所なのだが、最近ノスタルジック気味な彼は、少し探険してみることにした。
 (懐かしい)
 小さな路地に入ると、まだそこには昔ながらの風景が残っていた。よく暇を潰しにいった本屋は潰れていたが、その隣の、待ち合わせに使っていた喫茶店はまだあった。「喫茶 ルナ」の看板は昔から色あせているものの、ここの珈琲は美味かった。今も同じ味だろうか。
 ついふらふらと喫茶店の方に足を向けたヤマダさんは、店の横の細い路地に気付いた。
 (こんな路があったのか)
 人ひとりがやっと通れるほどの路だ。本屋が潰れる前までは、立看板やのぼりなどで隠されていたのだろう。それで気が付かなかったに違いない。
 何とはなしに彼の足はその路地に向かった。一応目的は買い物だったのだが、いつのまにか散策がそれに取って代わっていた。
 (・・・お?)
 薄暗い路地の先には、何度か見たことのある店やその店舗跡。そしてその中に、まったく見覚えの無い店が一軒、在った。いくら古い下町だといっても、やたら古めかしい木造の店。それに趣味良く似合う、ぼんやりとした堤燈の柔らかな灯り。古いが威厳を感じさせる看板には、大きく

 『文房具 孤狐堂』

 (ほう。・・・コギツネドウ、か?こんな店があったのか)
 おまけに文房具屋とは都合がいい。彼は早速入ってみることにした。
 ほのかだが柔らかな灯りの店内は、外見よりかなりの広さだった。何となく埃っぽいが、文具に埃は積もっていない。手入れは行き届いているようだ。古めかしい店と同じく売り物までも古めかしいが、ヤマダさんにはそれが心地よく思えた。昔、子供の頃によく遊んだ竹とんぼ等の玩具まで置いてあって、駄菓子屋を思い出す。そういえば店の雰囲気も駄菓子屋に似ている。
 (さて・・・手帳は・・・)
 一つ一つ手に取っては「ほほう」と感嘆や懐古の溜め息を漏らしていた彼だったが、本来の目的を思い出した。ざっと見てきたが、手帳らしいものは目に入らなかった気がする。もっと奥だろうか。
 とりあえず彼はもうちょっと歩いてみることにした。
 (・・・?)
 おかしい。彼は自分の感覚に割と自信があったが、この店はこの周辺の地理からみて、有り得ないほど広い。初めの内はぼんやりと文具に見とれてふらふらと歩いていたから気付かなかったが、これはどうもおかしい。漠然とした不安を抱きつつ歩を進めたが、彼の他に、客も店員も居ないという事が更に不安を駆り立てる。
 「お・・・」
 その彼の目に、一枚の張り紙が飛び込んできた。

 『貴方だけの万能手帳 あります』

 良かった、ちゃんとあるじゃないか。店員を呼んでみることにしよう。
 「すいま・・・」
 「おや、いらっしゃいませ」
 せん、と言い終わる前に、すぐ後ろから間延びした声がした。思わずビクッとして振り返ると、一人、若い男が立っていた。にこにこと愛想良く笑っている。
 「嬉しいなぁ、お客さんだ。何をお探しですか?」
 にこにこ。その柔和な笑顔に、先ほどまで抱いていた不安も薄らいでいく。ヤマダさんはつい何時もの癖で冷静に目の前の人物を観察していた。
 歳は26,7だろうか。ただ、ひどく年寄り臭くも見える。目は細い。鼻の頭にちょこんと乗った小さな丸い眼鏡が、作務衣という一風変わった服装に妙に合っている。かなりの美男子のハズだが、緊張感のまるでない笑顔とその雰囲気が、それを認めるのを困難にしている。180程度だろうか、背は高く、すらりとしていた。
 「ああ・・・この張り紙だが」
 ヤマダさんの指につられて店主らしいその男は顔を動かした。
 「ああ、成る程・・・手帳ですね」
 「良いのがあるかな」
 「ええ、『在り』ますよ」
 店主はにっこりと微笑むと、「ちょっと待ってて下さいね〜」と言い残して店の奥へ入っていった。
 程なくして、店主は一冊の手帳を手に戻ってきた。
 「はい、これが貴方の・・・あ。貴方だけの手帳です」
 ヤマダさんが受け取ると、それは驚くほど手に馴染んだ。大きさも丁度良い。カバーは革製で、落ち着いた、使い込まれたような色合いをしている。手触りから、かなり丈夫そうであることも分かる。
 「ほう・・・」
 中身を見る前に、その外見と手触りだけですっかり彼は魅了されていた。思わず溜め息を漏らす彼の様子に店主は心から嬉しそうな顔をして、恭しく一礼する。
 「孤狐堂謹製万能手帳で御座います」
 「万能手帳?」
 ヤマダさんは手帳を開いてみた。最初のページにカレンダーがあり、そして月別に見開きで予定表がある。その後ろにまた詳しく書き込める週別の予定表があり、メモページ、アドレス帳と続く。最後はプロフィール欄だ。綴じ込み式ではなく、お決まりの電車等の路線図もない。また「万能」にありがちな電卓なども無い。極普通、ともすればそれ以下の機能しかないように思うのだが。
 「ふふ」
 ヤマダさんの疑惑を感じ取ったのか、店主はどこか誇らしげに笑った。
 「一緒に生きてみれば分かりますよ」
 「でも」
 「このコを、お嫁に貰ってくださいよ」
 「・・・」
 実を言うと、ヤマダさんは機能云々はどうでもいいような気分になっていた。手にした瞬間から、もしかしたら目にした瞬間から、これでなければ駄目な気がしていた。
 「・・・これを貰おう」
 今までは、そんなことはなかった。物に一目ぼれして実用性を考えずに買うなんてことは。手帳自体の魅力が第一だが、この店とこの店の主人の雰囲気にも原因があるような気がした。
 「どうも、ありがとう御座います〜」
 店主はにこにこと相を崩したまま頭を下げた。ヤマダさんの手からまた一旦手帳を受け取ると、愛おしげに見つめた後、何処から出したのか、品の良い小さめの風呂敷で包んだ。
 「では、大切にしてあげて下さいね」
 手にしっくり馴染む大きさと重さのそれを当然のように受け取った後、ヤマダさんはふと気付いた。
 「あの・・・勘定は?」
 店主はにっこりと笑った。細い目が殆ど線のようだ。
 「要りませんよ。おめでたい席ですもの」
 「は?」
 「差し上げます。それは、貴方だけのコですから」
 「しかし・・・」
 そんなことがあろうか。機能はともかく、結構立派な素材を使っている。
 「ふふ」
 ヤマダさんは、店主の笑顔がただ愛想が良いだけでなく、ミステリアスにも見えるのに気付いた。
 「怪しい物じゃないですし、第一、そのコ喜んでますから」
 「・・・は?」
 何やらついていけないアレな感じにも思えるのだが、不思議とこの店主が言うとそれでも良いような気になってくる。
 結局、数分後にはヤマダさんと店主は店の入り口付近に居た。
 「では、末永くお幸せに・・・貴方とそのコの絆が、永遠のものでありますように」
 そう言ってヤマダさんとその新しい相棒を見送る店主に一礼して、彼は店を後にした。
 (何とも不思議な店だったな。店自体も、主人も)
 しかし本当に無料で貰ってしまった。こんな事があっていいのやら。
 (まあ、良い雰囲気だったな。またいづれ行ってみたいものだ)
 本屋と喫茶店の間の小道を抜けたところで、さて、と彼は風呂敷に包まれた手帳を改めて見てみることにした。
 (・・・!!?)
 思わず足が止まる。彼が取り出してめくっていた手帳の最後、裏表紙の内側に、それはあった。革のカバーになされた焼印。

 『贈呈 ヤマダ ケンゾウ様 孤狐堂』

 彼は断じて、あの店の中で名乗ってはいない。急いで自分の身体や持ち物を調べたが、記名しているものは無い。
 「!!」
 反射的に店のほうを振り返った彼は、そこで絶句するより無かった。
 確かに在ったハズの、本屋と喫茶店の間の路地・・・それが、どこにも無い。
 「・・・!!」
 無言のまま、彼は駆け出した。胸の鼓動が周りに聞こえているような気さえする。喫茶店の数軒向こうの店の隣の小道から、地理的に言って店があるはずの場所に回りこんだ。
 「・・・無い・・・!!」
 そう、そこにはあの古めかしく、柔らかな灯りの似合う文具屋は無かった。ただ、有刺鉄線に囲まれ『売り地』の立看板が刺さっている空き地があるだけだ。
 「・・・何なんだ・・・」
 呟いた彼は、その日、心配した妻から着信があるまでそこに立ちすくんでいた。

 結局、その後何度か探してみたものの、孤狐堂は見つからなかった。夢のような話だが、夢ではない証拠に彼の手元にはあの手帳がある。普通ならそんな不可思議な経緯で手に入ったものは怪しくて使わないのだろうが、どうしても彼は孤狐堂の手帳を手放せなかった。不思議な店で手に入れたものだけあって、不思議な手帳だった。まず、どんなに適当に開いても、必ずそこに見たい情報があった。ヤマダさんはかなりメモをとるのだが、メモページはまったく減る気配を見せない。机の上に置いてきたハズでも、気が付くと内ポケットに入っていたりもする。誰かに聞いて欲しいとも思ったが、自分でも信じられない事なので他人には言えなかった。それに・・・どうしようもなく、彼は手帳に魅せられていた。長年使い込んでいるような・・・そんな気がするのだ。正に半身というに相応しいとすら思う。
 考えても分からないことだらけなので、とうとう彼は、これはきっと神か何かのお恵みなのだろう、と思うことにした。

 「ヤマダ、例の件はどうだ?」
 ヤマダさんが新たな相棒を得てから数日後。追っている事件の資料を整理していると、同僚に声を掛けられた。
 「いや・・・進展無しだな」
 溜め息混じりに返すと、同僚は困ったような顔で肩をすくめた。ヤマダさんと同じく、もうすぐ定年の刑事だ。何度かコンビも組んだことがある。
 「いい加減、他の事件を当たったらどうだ?どうこうしようにも、証拠が挙がらないんだから」
 「・・・」
 そこで黙り込むヤマダさんに苦笑して、同僚は缶コーヒーのプルタブを開けた。
 「まあ、分からんでもないけどな。どうしてこう、定年が近いと、昔の事件が気になるんだろうな」
 「昔じゃない」
 仏頂面で資料をまとめながら、彼は机の上に置いていた写真を取り上げた。やや変色しているが、そこには今より若いヤマダさんと、それより更に一回りも二回りも若い刑事が笑顔で写っていた。写真の隅にある日付は、15年程前だ。
 「こいつと俺にとっては、今なお重い枷なんだ」
 「・・・」
 同僚が珈琲をすする音だけが響く。
 「・・・ツノダ、お前は何を追ってるんだ?」
 「俺は、まあ逆に身の回りの整理に追われてる。色々気にはなっても、お前みたいに追うだけの気力がなくなっちまった」
 「そうか・・・」
 歳をとったな、と呟くツノダに頷いてみせて、ヤマダさんは写真を机に置いた。
 「ま、お前は頑張れよ。時効まであと少しだが、やれるだけやれば気が済むだろ」
 ツノダはまだ残っている珈琲をヤマダさんに押し付けると、笑いながら去っていった。
 「・・・」
 ぬるくなっている珈琲を飲み干すと、また彼は資料に向き合った。

 15年前、彼は新入りの刑事と共にある事件を追っていた。別に大物でもないチンピラの拳銃違法所持の検挙、ただそれだけの事件のはずだった。信頼できる情報網を使い、被疑者の居る時間帯を確認して家に乗り込んだ。しかしそこに居る筈の男の姿はなく、動揺する間もなく二人は後ろから何者かに撃たれ・・・新入りはそこで命を落とし、ヤマダさんも重傷を負った。更に、その次の日に被疑者の死体が発見されたが、銃はどこにも無かった。
 謎の多い事件だった。何故あの日、踏み込みを予想したかのように迎撃されたのか?二人を撃ったのは被疑者なのか、第三者なのか?被疑者は何故殺されたのか?銃の行方は?・・・しかし、ヤマダさんが職場復帰できるようになった頃になっても何一つとして犯人検挙に繋がる証拠は挙がらず、後味の悪いまま事件はお蔵入りとなった。
 そして15年。時効は目前だ。何度となく目を通してきた資料に、また何度でも目を通す。何処かに、何らかの手がかりがあると信じて。現場にも足しげく通った。当時とはすっかり変わってしまっていたけれど、行かずには居られなかった。収穫は無くても、諦められない。自分の恨みではなく、死んだ若い相棒のために。

 (さて、と・・・今日はどんな予定だったかな?)
 ヤマダさんがある日そう思った瞬間に、タイミング良くポケットから手帳が滑り落ちそうになった。その大きくて武骨な手で優しく抱き上げるように受け止める。実はこういうことは一度や二度ではない。この愛しい『相棒』はまるで、「疲れた」と言った瞬間に肩を叩こうと背後に回り、満足げな笑みを浮かべる孫のようだ。
 「今日の予定は?」
 そして適当に開いたページにいつも、答えはある。
 『ツノダ 質問 13時』
 実は15年前にヤマダさんが撃たれた直後、ツノダがこの件に当たっていた。ヤマダさんが復帰してバトンタッチした際にも色々訊いたのだが、今訊いたらまた新しい発見があるかもしれないと思ったのだ。
 そして13時。署内の一室でヤマダさんはツノダと向かい合っていた。ツノダは「お前もホントしつこいな」と言う割に、この件に関して積極的に協力してくれる。気を使ってくれているのだろう。
 「この資料についてもう一度訊きたいんだが」
 「ああ、コレな・・・」
 そうして数時間、問答は続く。終わった時には、ツノダはまるで取り調べ後の被疑者のようになっていた。
 「今日も済まなかったな、付きあわせて」
 「そう思うならもうちょっと手加減してくれよ。・・・じゃ、お疲れ」
 「ああ」
 誰も居なくなった部屋で、何本目かのぬるくなった珈琲をすすりつつ、ヤマダさんは資料を片付け始めた。その時、ドアが開く。
 「あ・・・ヤマダさん、いらしたんですね」
 「ああ、ハヤシ君。すまないね、今片付けるから・・・」
 入って来たのは、ヤマダさんより5歳ほど下のハヤシ刑事だった。人当たりがよく優秀な刑事で、ヤマダさんを尊敬している。
 「いえ、焦らないで結構ですよ。・・・ああ、あの件ですか」
 机の上に広がった資料をちらりと見て、ハヤシ刑事は気遣わしげな顔をした。
 「ああ。今更ながら、気になってね」
 「ええ、お察しします・・・あ」
 ハヤシ刑事はヤマダさんと向かい合った席に座ろうとして、一瞬止まった。
 「・・・」
 そんまま難しい顔をして考え込んでいる。
 「どうしたね?」
 「いや・・・あの、思い過ごしじゃないかとは思うんですが・・・」
 ハヤシ刑事は、ヤマダさんの資料の一枚を手に取った。それは、『サトナカ タケシ』の・・・死んだ新入りの、解剖記録。
 「僕、この件には関らせてもらえなかったんですが、ヤマダさんが大怪我したっていうから気になって気になって。ツノダさんが見てない間に、こっそり資料を覗いてたんですよね」
 「ほう」
 ハヤシ刑事は「やっぱりそうだ」と頷くと、ヤマダさんに解剖結果の一部を指し示した。
 「おかしいんですよ。これ、僕が見たときと違います」
 「どこが?」
 「銃弾です。ここには、不明ってありますけど・・・僕、摘出されたの、見ました!」
 「何!?」
 思わず身を乗り出す彼に、ハヤシ刑事は興奮を隠さず続ける。
 「間違いありませんよ!僕、『ああ、これで銃の種類はわかるな』って安心した記憶がありますから!」
 胸を張って「尊敬するヤマダさんが撃たれた事件ですから!僕が見逃すハズありありません!」と自信満々に宣言するハヤシ刑事も目に入らないでヤマダさんは解剖記録をじっくりと読んだ。確かにそれはサトナカ刑事の解剖記録で、銃弾は不明、と記されている。ちなみに、ヤマダさんが喰らった銃弾は貫通しており、その行方は不明だ。もしハヤシ刑事の言う事が本当なら、何故ツノダは何も言わなかったのだろう?
 「その銃弾はいつ、どこで見たんだ?」
 「はい、事件当日の夜、解剖が終わってすぐツノダさんが鞄に入れたのをこっそりと・・・」
 あまり誉められた行為ではないが、ハヤシ青年は気になって仕方がなかったのだろう。
 「他の件のものでは?」
 「いいえ。ツノダさんはその時他の件は担当していませんでしたし・・・でもおかしいな。僕、解剖記録も読んだのに、その時はなんの違和感も感じなかったんですよね・・・?」
 「・・・書き換えられた?」
 「え!ってことは・・・」
 ツノダさんが、とは口にできず、ハヤシ刑事は押し黙った。しばしの沈黙の後、ヤマダさんは難しい顔のまま口を開いた。
 「・・・兎に角、明日、これを書いた医者にあたってみる」
 「はい」
 「この件については、黙っていた方が良いだろう」
 「・・・はい」
 重苦しい雰囲気のまま、ヤマダさんは資料をまとめて部屋を後にした。

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